私たち日本人が200年後の日本で生き生きと暮らす
その鍵は
「徳-(VIRTUE)の循環」

このページをシェアする
コラム
「徳の循環」をキーワードに、会社運営、子育て、キャリアなどについてのコラムを連載しています。
  1. 国際基準の子育て⑦:他人と自分が違うこと それは良いこと

    前回、「周りの人がこう見るから」と、他人の目を気にして子供を叱ってしまうことがあると言いましたね。この価値観というのは日本独特なものだと知っていましたか?私が子供のころの日本は、今よりも個性を重視してもらえず、「普通」でないところは「おかしい」とか「変」とかいう表現を子供へ向かってしていた大人がたくさんいました(今もいるかもしれませんが)。皆さんも経験ありませんか?他の人と違うことを「変」とか「おかしい」という表現で言われたり言ってしまったりしたこと。人間は、みなそれぞれの個性ってあります。十人十色という言葉もそういう意味ですよね。ところが、日本でいう「普通」とは、大勢の人が「平均」だと思っているとても曖昧なものであったりします。その日本の「普通」が日本の外ではかなりの確率で「異常」であることなど気にも留めずに。 「いじめ」が社会問題になるほど大きくなったのは、昭和の後期あたりからいままで数十年間です。もちろん、日本以外の国や地域でも「いじわる」「いじめ」は存在します。でも、いくつかの点で大きく違うんです。いくつか考えてみましょう。 「変」と「ユニーク」は表裏一体
  2. 国際基準の子育て①:はじめに

    このコラムへ辿りつかれた全てのお母さん、お父さん、またはこれから親になる方、子育てを一通り終えられた親の皆さんへ感謝いたします。 実は私がこのコラムを書こうと思った切欠は、自分の子育てを通してではありません。日本とアメリカで学生さんや起業を目指す若者とこの10数年ほど交流し、その中から日本の子育ての結果と、アメリカという地で自分が見てしてきた子育ての違いを見付け出したからでした。周りにいらっしゃる色々な世代の日本人の方に「どういう子育てをしたのですか?」と聞かれることが多かったのもその理由です。そしてその日米の違いとは、世界的な視点から俗に言う「アダルトチルドレン」といわれる人が多くなっていることです。日本で出会う人、アメリカで出会う日本人、そして子供も親にもそのアダルトチルドレンが多くなっていることで、自立した大人として「生きる力」を持たない日本人が増えたのではという心配からでした。母国日本でこれから子育てをする親の皆さんに、少しでも「冷静に離れた目線」というものに気付いていただければ、そして少しでも「幸せ」を見つけることのできる子供たちが育ってくれればという思いで書き始めました。